高齢化が進む現代において、サルコペニア(加齢性筋肉減弱症)対策は健康寿命を延ばすのに不可欠です。
サルコペニアや筋力低下の改善策と言えば、骨格筋量の維持・増加に焦点が当てられていますが、最新の研究によると単に筋肉の「量」だけでなく、「質」に着目したトレーニングと評価の重要性が指摘されています。
本記事では、東京都健康長寿医療センター研究所の畑中 翔氏による「高齢者におけるレジスタンストレーニングの「効果」を考える」(2025年)に基づき、高齢者の骨格筋変化の多面性、レジスタンストレーニング(RT)の真の「効果」、そして今後のサルコペニア対策の方向性について解説していきたいと思います。
筋肉の「質」とは?加齢で進行する見過ごせない変化
加齢に伴う骨格筋の変化は、単なる筋量の減少(萎縮)だけではありません。
筋力や身体機能低下(転倒、要介護リスクなど)と強く関連する「筋肉の質」の低下も同時に進行していきます。
骨格筋の質の低下を示す主な要因
| 要因 | 概要 | 画像評価指標 |
| 脂肪浸潤 | 筋細胞の間に脂肪組織が入り込むこと。 筋出力や代謝の低下につながる。 | 筋密度 (CT/MRI)、エコー輝度 (超音波) |
| 筋細胞密度の低下 | 筋線維の萎縮や線維化などにより、筋肉組織内の細胞が減少し密度が下がる。 | 筋密度 (CT/MRI)、位相角 (BIA) |
| 線維化 | 骨格筋組織が硬い線維組織に置き換わること。 | – |
「質」の指標とアウトカムとの関連
単なる骨格筋量(DXAなど)の指標は、転倒や要介護といったアウトカム(QOL低下、死亡など)との関連が不明瞭である一方、「質」の指標はアウトカム発生のリスクと強く関連することが示されています。
- 筋密度 (CT/MRI)
低いほど、移動能力制限の発生リスクが高い。 - 位相角 (BIA)
筋細胞量を反映する指標。低いほど、転倒や要介護認定のリスクが高い。
このことから、高齢者の自立性維持やQOL向上を目指すには、「質」の改善が重要であると示唆されています。
レジスタンストレーニング(筋トレ)の「多角的効果」を検証
レジスタンストレーニング(RT)はサルコペニア対策の基本ですが、筋肉の「量」と「質」のそれぞれに対して、どのような効果が期待できるのでしょうか。
骨格筋量への効果|多様なプログラムの有効性
従来のRTの標準的な方法は、最大挙上重量(1RM)の65%以上の高強度やオールアウト(疲労困憊まで行う)です。
しかし、高齢者にとって負担が大きいこれらの方法以外にも、筋肉量を増やすための「柔軟なプログラム」が有効であることが分かっています。
- 代替プログラム例
- 極端にセット数を増やす(低負荷・非オールアウト × 多セット)
- 低強度・低速度で動作を行う(スロートレーニング)
これらの方法は、高強度トレーニングと同程度の筋量改善効果をもたらす可能性があり、特に加齢で衰えやすい速筋線維の肥大に効果的な傾向も報告されています。
骨格筋の「質」への効果|複合的なアプローチの重要性
筋肉の「質」(筋密度、脂肪浸潤など)の改善については、RT単独では効果が見られないケースが多く、特に低強度や非オールアウトのプログラムでの有効性は確立されていません。
- 筋密度・位相角の改善
- 筋密度や位相角の改善が報告されているのは、主に高強度やオールアウトを採用した標準的なRTプログラムです。
- BIAによる位相角はRTにより改善することがメタアナリシスで示されています。
- 脂肪浸潤(IMAT)の減少
- 骨格筋間の脂肪浸潤(IMAT)は全身の代謝変化にも起因するため、RTに加えて有酸素性運動を併用するプログラムや低速のジョギングなどが有効である可能性が示唆されています。
このことから、「質」を改善するには、RTの高強度化、あるいは有酸素運動を組み合わせた複合的アプローチが有効かもしれません。
今後のサルコペニア対策|評価とプログラムの個別化
このレビューは、高齢者の骨格筋の健康を維持する為に、単にサルコペニアの診断基準をクリアすること以上に、アウトカム(転倒、要介護など)のリスク低減を目指すことが重要であることを示しています。
多様な評価指標の導入
QOLの維持を見据えたレジスタンストレーニングの効果を最大限に引き出すには、今後は以下の指標を既存の評価に加えることが推奨されます。
- 筋細胞量・アウトカム予測: 位相角(BIA)
- 脂肪浸潤・機能低下予測: 筋密度(CT/MRI)やエコー輝度(超音波)
「効果的な運動」の幅を広げる
改善したい側面(筋量、筋密度、脂肪浸潤など)によって、最適な運動プログラムが異なる可能性があります。
- 高強度・オールアウトにこだわる必要がない「筋量」の改善。
- 有酸素運動の併用が有効な「脂肪浸潤(IMAT)」の減少。
- 高強度RTで改善が見られやすい「筋密度・位相角」の向上。
これらの知見に基づき、高齢者一人ひとりの身体状況や目標に応じた個別化された多角的な運動プログラムを構築していくことが、今後のサルコペニア対策で重要となるかもしれません。
参照元
畑中 翔. (2025). 高齢者におけるレジスタンストレーニングの「効果」を考える. 体力科学, 74(4), 231-237.
(Re-examining the concept of the “resistance training effect” in older adults. Sho Hatanaka. Jpn J Phys Fitness Sports Med, 74(4): 231-237 (2025))

